ミステリー小説と聞くと、殺人事件や恐ろしい犯罪、ハラハラする展開を想像する人も多いのではないでしょうか。
しかし、今回紹介する近藤史恵さんの『タルト・タタンの夢』は、そんなイメージとは少し違う作品です。
舞台は、小さなフランス料理店「ビストロ・パ・マル」。
ここでは、事件の代わりにお客さんの悩みや不思議な出来事が持ち込まれます。そして、調理長の三舟忍が、鋭い観察力と料理の腕前で、その謎を解き明かしていきます。
恐怖や緊張感はほとんどなく、読んでいると自然と笑顔になってしまうような、やさしいミステリーです。
今回は、そんな『タルト・タタンの夢』のあらすじと感想を紹介します。
■あらすじ
舞台は、フランス料理店「ビストロ・パ・マル」。
高級フレンチレストランではなく、家庭料理のような庶民的な料理を振る舞う小さなレストランです。
働いているのは、ギャルソンの高築智行、ソムリエの金子ゆき、副料理長の志村洋二、そして調理長の三舟忍の4人。
三舟は10年以上フランスで修行を積んできましたが、田舎のレストランを転々としてきた変わり者です。ヒゲを生やし、長い髪を後ろで束ねた姿には、少し怖い雰囲気もあります。
ある日、近所の画廊のオーナーで、この店の常連でもある西田が来店します。
いつもなら従業員や連れの人との会話を楽しみ、料理を堪能していく西田ですが、この日は様子が違いました。
出された料理に、ほとんど手をつけていないのです。
心配になり、料理が口に合わなかったのかと尋ねると、実は数日前からお腹の調子が悪いとのこと。
連れてきた知人に店を紹介した手前、日を改めるわけにもいかず、今日は料理を楽しむことを諦めていたのでした。
そんな西田の様子を見た三舟は、体調が悪い人でも食べられる、お腹にやさしいコース料理を振る舞います。
フランスの家庭で、病気のときに食べられている料理です。
いつもと違うやさしい料理に西田は大満足で店を後にし、従業員たちも一安心。
最後の客が帰り、店内が静かになったとき、「離して!」と女性の声が聞こえました。
その直後、店の裏口から三舟が見知らぬ女性の腕をつかんで連れてきます。
「やめて!何この人! 頭おかしいの?」
抵抗する女性に対して、三舟は静かに問いかけます。
「西田さんを知っているな」
女性は「知らない」と言いながらも、何か隠しているようでした。
三舟はなぜ、この女性が西田のことを知っていると見抜いたのでしょうか。
そして、この女性は西田とどんな関係なのでしょうか。
ほかにも、好き嫌いが極端に多い客や、シャンソン歌手の不思議な思い出、酔って暴れた野球部員の行動など、さまざまな謎が登場します。
三舟は独自の感性と最高の料理で、お客さんたちの抱える謎を次々と解き明かしていきます。
■感想
・とてもやさしいミステリーに出会いました
この物語には、殺人事件のような大きな事件は登場しません。
描かれるのは、店を訪れるお客さんたちの悩みや、ちょっと不思議な出来事です。
例えるなら、バーにやってきたお客さんが、カウンター越しにマスターへ悩みを打ち明ける。するとマスターが話を聞き、アドバイスをしながら、そっとカクテルを差し出す。
そんな物語のフランス料理版だと思ってください。
誰にでも、悩みや不思議な経験のひとつくらいはあるのではないでしょうか。
そんな悩みも「ビストロ・パ・マル」に持ち込めば、三舟の鋭い観察力によって、思いもよらない真相が見えてきます。
謎解きの要素はしっかりありますが、ミステリー小説らしい恐怖や緊張感はほとんどありません。
穏やかな雰囲気のなかで謎が解き明かされていくので、読んでいると自然と笑顔になってしまいます。
ミステリーを読んでみたいけれど、怖い話や重たい事件は苦手。そんな人にも手に取ってほしい作品です。
・読んでいるだけでお腹が空いてくる!
この作品の大きな魅力のひとつが、料理の描写です。
料理の見た目や味だけでなく、香りや食感まで伝わってくるような表現が散りばめられています。
読みながら「美味しそう!」「こんな料理を食べてみたい!」と思うことが何度もありました。
聞いたことのない料理でも、三舟の説明や物語の描写を読んでいると、どんな料理なのか想像が膨らみます。
そして、読み進めるうちに、だんだんお腹が空いてくるのです。
ただし、途中でご飯を食べたくなっても、ここは我慢してください。
空腹のときに読むほうが、料理の魅力がより伝わり、楽しさも倍増すると思います。
注意点としては、寝る前に読むのはおすすめしません。
お腹が空きすぎて、眠れなくなってしまうかもしれません。
・1話ずつ読めるから、読書初心者にもおすすめ
本作は短編集で、「ビストロ・パ・マル」で起きた出来事が全7話収録されています。
本のボリュームも約250ページと比較的少なめ。そのなかで7つの物語に分かれているため、1話ずつ区切って読み進めることができます。
読書に慣れていないと、分厚い本を最後まで読み切れるか不安になることもありますよね。
私も、最初から長い物語を一気に読もうとすると、少し身構えてしまいます。
その点、本作なら「今日は1話だけ読もう」という読み方ができます。
1話ごとにひとつの謎が描かれるので、短い時間でも読書を楽しみやすいのが魅力です。
文章も会話が多く、堅苦しい表現が少ないため、比較的読みやすいと感じました。
ただし、フランス料理がテーマということもあり、タイトルにもある「タルト・タタン」のように、普段はあまり聞き慣れないカタカナの料理名がたくさん登場します。
声に出して読むと舌を噛んでしまいそうな名前もあり、少し戸惑うかもしれません。
それでも、料理の細かな説明や魅力的な描写のおかげで、知らない料理が出てきても想像を膨らませながら楽しめます。
読書初心者にとっても、無理なく読み進めやすい一冊だと思います。
・落ち着いていて、温かいミステリー
ここまで紹介してきたように、本作はとても穏やかなミステリーです。
そのため、本格ミステリーのような複雑な謎や、先の読めない展開、ハラハラする緊張感を求める人には、少し刺激が足りないかもしれません。
大きな事件が起きるわけでもなく、物語全体を通して落ち着いた雰囲気が続きます。
しかし、それこそが本作の魅力でもあります。
怖い思いをすることなく、日常のなかに隠れた謎を楽しめる。
そして、料理の描写に癒やされながら、読み終えたときには温かい気持ちになれる。
そんなミステリーを探している人には、間違いなくおすすめしたい一冊です。
■まとめ
近藤史恵さんの『タルト・タタンの夢』は、フランス料理店を舞台に、お客さんたちの悩みや不思議な出来事を解き明かしていく短編集です。
本作の魅力をまとめると、次の3つです。
やさしい謎解き: 恐怖や緊張感が少なく、穏やかな気持ちで楽しめる。
美味しそうな料理の描写: 見た目や味、香りまで想像できるような表現が魅力。
読書初心者にも読みやすい: 全7話の短編集で、1話ずつ自分のペースで読み進められる。
刺激的な展開やスリルを求める人には、少し物足りないかもしれません。
しかし、怖いミステリーが苦手な人や、読書に慣れていない人、そして心がほっとするような物語を読みたい人には、ぜひおすすめしたい作品です。
私のお気に入りの一冊が、また増えました。
やさしい謎解きと美味しそうな料理に癒やされたい方は、ぜひ『タルト・タタンの夢』を読んでみてください。

