ミイラが復活し、自らの死の真相を追う。
そんなあらすじを見たとき、「いったいどんな話なんだろう?」と思わず興味を持ってしまいました。
『ファラオの密室』は古代エジプトを舞台にしたミステリー小説です。
ミイラや神々が登場するファンタジー色の強い作品ですが、物語の中心にはしっかりとした謎解きがあり、最後には驚きの真相も待っています。
今回は、古代エジプトの独特な世界観と本格ミステリーを楽しめる『ファラオの密室』の感想を、ネタバレなしで紹介します。
■あらすじ
エジプト最高峰のミイラ職人タレクは、目の前に横たわる男を見ていた。それはアクエンアテン王の遺体だった。もうすぐ執り行われる葬送の儀に向けてアクエンアテンをミイラに仕立てていた。
王の遺体を処置するという、この世で最も名誉ある仕事を任されたタレクだったが、とても集中して完璧にできたとは言えなかった。
彼は半年前に亡くなった親友のことを考えていた。
7日後、葬送の儀が始まった。
太陽神アテンの化身であるアクエンアテン。このファラオを冥界の神オシリスのもとへ送り出すため、神官長メリラアは神官団とともに全神経を集中させ、王の眠る石棺の前で儀式を進めていた。
いよいよ旅立ちと復活のために石棺の蓋を開けると、想定外の出来事にメリラアは絶句した。
そこにはアクエンアテンの姿がなかった。
上級神官のセティは目を覚ました。
ここは箱の中のようだ。
蓋を開けて箱から這い出ると、小舟の上にいた。
入っていた箱には死者へ向けた言葉が書かれている。それは棺だった。
自分の体を見ると、下半身がなく、代わりに木でできた作り物の足が付いていた。
セティは自分が死んだことを悟った。しかし、なぜ死んだのかは思い出せなかった。
セティの棺は船に乗せられ、死者の審判を受けるため冥界へ向かっている途中だった。
小舟が岸にたどり着き、セティは神殿へ向かった。
神殿に入り、神々を祀る壁画が描かれた回廊を抜けると、法廷のような広間に行き着く。正面のひときわ高い座には、一人の女神が座っていた。
真実を司る女神、マアトである。
これから死者の審判が始まる。
この審判によって、永遠の生を得るか、怪物の餌になるかが決まる。
マアトの前には天秤がある。この天秤に羽と心臓を置き、心臓の方に少しでも傾けば、その場で怪物の餌食になることが確定する。
マアトがセティに問う。
「死者セティよ。お前は嘘をついたことがあるか?」
セティは言葉に詰まった。
「我は……」
セティの左胸から心臓が引き抜かれた。
マアトがそれを手に取り、じっと見つめる。
いよいよ最後の審判の時。天秤に心臓を乗せれば答えが出る。
永遠にも感じられる沈黙の中、心臓を眺めていたマアトが口を開いた。
「お前の心臓は欠けている。このままでは秤にかけられぬ。」
秤にかけられない者は怪物の餌となる。審判さえ受けられないのだ。
困惑するセティに向かってマアトは続けた。
「お前の心臓には、わずかに生命力が残っているようだ。現世に戻って心臓の欠片を探してみてはどうだ?」
マアトはセティの胸に心臓を戻して言った。
「現世に戻れるのは3日が限度だろう。うまくいくかはお前次第だ」
セティは迷ったが、可能性がある方を選んだ。
「現世に行き、心臓を探します」
「では行くがいい」
気が付くと、セティは暗闇の中で横たわっていた。
体がきつく縛られている。全身には包帯が巻かれていた。
どうやら無事に現世へ戻ってきたらしい。
包帯を引きちぎり自分の体を見ると、左胸にはナイフで切り開いたような跡があった。
そして下半身を見ると、木でできた義体、義足が付いていた。しかし、自分の体のように動かすことができた。
セティは自分の心臓の欠片と死の真相を探すため街へ戻った。
しかし街では、王の葬送の儀が失敗したこと、そしてアクエンアテンが消えたことで大騒ぎになっていた。
■感想
舞台は古代エジプト。
ピラミッドやスフィンクス、ミイラやツタンカーメンなど、数多くの謎が残され、今なお研究が続けられている時代です。
私はこうした古代エジプトの世界観が好きなので、この作品にも強く惹かれました。
ミイラとなった死者がよみがえり、事件を解明していくという非常に不思議なストーリーですが、古代エジプトという舞台だからこそ違和感なく受け入れられたと思います。
本書は当時の文化や信仰、神話が物語の土台になっています。
そのため読んでいると、異文化の世界を旅しているような感覚になります。
しかし歴史書や専門書のような難しさはなく、言葉や表現も分かりやすいため、とても読みやすい作品です。
読書初心者の方でも十分に楽しめると思います。
ストーリーはファンタジー要素が強めです。
そもそも死者がよみがえる時点で現実離れしていますし、神話の神々も登場します。
古代エジプトという舞台そのものがどこか幻想的な雰囲気を持っているため、物語の中では不思議な出来事が次々と起こります。
現代を舞台にしたミステリーのような身近さはありませんが、その分、非日常的な世界観に引き込まれる魅力があります。
ストーリーを理解するうえで必須ではありませんが、少しでも神々の名前や特徴を知っていると、より親しみやすく感じられると思います。
エジプト神話に興味がある方は、事前に少し調べてみるのもおすすめです。
本書はファンタジー要素がありながらも、ミステリーとしてもしっかり作られています。
主人公セティは事件を解明するために聞き込みを重ね、少しずつ真相へ近づいていきます。
そして最後には大きな驚きが待っています。
ただし、そのどんでん返しは事件そのもののトリックというより、物語全体に関わる真相に近いものです。
真相が明らかになったときは非常に切なく、少し胸が熱くなるような感動もありました。
読む際の注意点としては、人や神の名前が少し覚えにくいことです。
アクエンアテンやホルエムヘブなど、馴染みのない名前が数多く登場します。
海外ミステリーでよくあるように、誰が誰だか分からなくなることもあるかもしれません。
冒頭には主要人物の紹介がありますので、必要に応じて見返しながら読むと理解しやすいと思います。
■まとめ
ミイラとしてよみがえった主人公が、自らの死の真相と消えたファラオの謎を追う異色のミステリーです。
古代エジプトの神話や文化が自然に物語へ溶け込んでおり、他のミステリーでは味わえない独特の世界観を楽しめます。
ファンタジー要素は強めですが、謎解きもしっかりしており、最後には切なく印象的な真相が待っています。
古代エジプトや神話が好きな方はもちろん、読書初心者の方にもおすすめできる一冊です。

