法は正義なのか?「法」と「正義」を考えさせられる重厚なミステリー|『法の雨』感想(ネタバレなし)

本の紹介

「法とは何なのか?」
「法を守ることが、本当に正義なのだろうか?」

そんなことを考えさせられるミステリーが、下村敦史さんの『法の雨』です。

この作品は、警察や弁護士が事件の犯人を追い詰めていくタイプのミステリーではありません。
事件を通して描かれるのは、法とは何か、正義とは何かという、とても重く考えさせられるテーマです。

法律に詳しくなくても読むことはできますが、内容はかなり重く、読書初心者には少しハードルが高い作品だと感じました。

今回は、そんな『法の雨』をネタバレなしで紹介します。


あらすじ

大神護(おおがみ まもる)は、暴力団組長暗殺事件の検察官として法廷に立っていました。

被告人は、組長が入院していた病院で働いていた若い看護師。
大神は検察官として、被告人の有罪を確信していました。
しかし、この裁判で大神が対峙することになった相手は、弁護士ではありませんでした。

裁判官・嘉瀬清一。
嘉瀬は、これまでいくつもの裁判で無罪判決を出しており、検察の間では「無罪病判事」と呼ばれている人物でした。

日本の刑事裁判では、起訴されればほとんどの場合で有罪になると言われています。
そのため、検察にとって無罪判決は重大な失態。
ましてや、並々ならぬ調査と証拠集めを行ったうえで起訴した事件を無罪にされることは、大神にとって到底受け入れられるものではありませんでした。

そして、嘉瀬から言い渡された判決は

「被告人は無罪」

大神は、淡々と読み上げられる判決理由を聞くことができませんでした。
目の前の景色がどんどん傾き、今にも倒れそうになってしまいます。

しかし、それは大神の精神状態によるものだけではありませんでした。
実際に傾いていたのは、裁判長の嘉瀬だったのです。

嘉瀬は法壇から転げ落ち、そのまま倒れて痙攣し始めます。
すぐに病院へ搬送され、一命を取り留めた嘉瀬でしたが、その後、認知症を発症してしまいます。

失意の中、検察を辞める覚悟を決める大神。
しかし、辞める前にどうしても確認しておきたいことがありました。
それは、嘉瀬がなぜ無罪判決を出したのかということ。

大神が嘉瀬を訪ねると、そこには以前の威厳ある裁判官の姿はありませんでした。
ソファに座り、焦点の合わない目で窓の外を眺める老人。

果たして、嘉瀬がこれまで出してきた無罪判決の真相とは何だったのでしょうか?

その後、物語では看護師の青年が殺害されたり、嘉瀬の家族が財産をめぐるトラブルに巻き込まれたりと、さまざまな出来事が起こります。

事件の裏側を追っていくうちに、物語は「法」と「正義」という大きなテーマへとつながっていきます。


感想

「法は正義なのか?」と考えさせられる

この作品を読んで一番強く感じたのは、
「法は正義なのか?」
ということでした。

『法の雨』は、警察や弁護士が犯人を突き止めて事件を解決する、一般的なミステリーとは少し違います。

事件を題材にしながら、
「法とは何なのか?」
「正義とは何なのか?」
「法律に従うことが、本当に正しいことなのか?」
という部分を深く掘り下げています。

法は、社会を守るために必要なものです。
もちろん、法律を破ることが許されるわけではありません。

しかし、法律ですべての状況を完璧に定義できるわけでもありません。
どう判断するべきなのか、法律だけでは答えが出ない部分もあります。

そして、その曖昧な部分を判断するのが、法に携わる人たちです。
当然、そこには一人ひとりの考え方や価値観があります。

同じ「正義」という言葉でも、人によって考え方が違う。
そんな「定義できない正義」を積み重ねたうえで、最終的に法の裁きが行われる。

そう考えると、裁判で出される判決にも、その判決に至った理由があるのだと感じました。

一番怖かったのは「後見人」の存在

物語の中では、嘉瀬裁判長の家族についても描かれます。
そこで登場する「後見人」の存在が、個人的には一番恐ろしく、考えさせられました。

それまで元気に生活していた人が、突然、判断能力を失ってしまったら。
その人の財産や権利について、誰が判断するのでしょうか?

本人には本人の意思がある。
しかし、判断能力がないとみなされれば、本人に代わって後見人が財産や権利を管理することになります。

もちろん、これは判断能力を失った人を守るために必要な制度です。

それでも、この仕組みを物語の中で考えると、
「本人の意思があったとしても、それを自分で主張できなくなったらどうなるのか?」
という怖さを感じました。

制度そのものが悪いという話ではありません。
むしろ、誰かを守るために作られた制度だからこそ、その制度を利用する人間の判断が重要になる。

「法律があるから安心」と単純には言えない怖さを感じました。

かなり重く、堅い内容

『法の雨』は、かなり考えさせられる作品です。
その一方で、終始重く、堅い内容だったという印象もあります。

主人公が奮闘したり、失敗からドタバタ劇が始まったりするような、軽快な展開を楽しむ作品ではありません。

「法」や「正義」というテーマをじっくり考えながら読む作品です。

そのため、読み終わった後に爽快感を味わうというより、
「法律って何なんだろう?」
「正義って何なんだろう?」
と考え込んでしまうような作品でした。

視点が切り替わるので、少し混乱した

物語は、さまざまな関係者の視点から描かれます。
そのため、場面が切り替わるたびに、
「これは誰の話だったっけ?」
となってしまうことがありました。

それぞれの登場人物に背景があるため、その人物がどんな立場だったのかを覚えていないと、少し置いていかれるような感覚があります。

ミステリーを読み慣れていない人にとっては、ここが少し難しく感じるかもしれません。

法律に詳しくなくても読める

ここまで「法」について書いてきましたが、法律の専門書のような作品ではありません。
法に関連する専門用語が大量に登場するわけではなく、法廷だけで物語が進んでいくわけでもありません。
法廷以外で起こるトラブルや、登場人物たちの人間模様も描かれているので、法律について詳しくない私でも読むことができました。

ただし、テーマそのものが重いため、「読みやすい=初心者向け」ではないと思います。

『法の雨』はこんな人におすすめ

『法の雨』は、次のような人におすすめです。

「法」や「正義」をテーマにしたミステリーを読みたい人
事件の謎だけではなく、社会について考えさせられる作品が好きな人
重厚なミステリーを読みたい人
読み終わった後に、いろいろと考えさせられる作品が好きな人

反対に、
軽快なミステリーを読みたい
笑いながら読める作品が好き
とにかく読みやすい作品を探している
ミステリーを初めて読む
という人には、少し難しいかもしれません。


まとめ

下村敦史さんの『法の雨』は、事件の謎を追うだけではなく、「法とは何か」「正義とは何か」を考えさせられる作品でした。

法律は、社会を守るために必要なものです。
しかし、法律だけですべての状況を判断できるわけではありません。
そこには人間による判断があり、その人間にも、それぞれの正義があります。

だからこそ、法によって下された判決が「絶対的な正義」なのかと考えると、簡単には答えを出せません。

そんな難しいテーマを、事件や登場人物たちの人間模様を通して考えさせてくれる作品です。

ただ、テーマが重く、登場人物の視点も頻繁に切り替わるため、読書初心者にはあまりおすすめできません。

ある程度ミステリーを読み慣れてから、「法」や「正義」をテーマにした作品を読んでみたいと思ったときに手に取ってみるといい作品だと思います。

「法は正義なのか?」
そんな問いについて考えてみたい人は、ぜひ読んでみてください。


■本格ミステリーをお探しの方は、こちらで紹介しています。

名作・話題作を楽しみたい!|本格ミステリー小説おすすめ10選

「本格ミステリーを読んでみたいけれど、どの作品から読めばいいかわからない」そんな方も多いのではないでしょうか。 ミステリー小説には、刑事が事件を追う作品や、社会派ミステリー、イヤミス、ホラー要素のある作品など、さまざまな […]

タイトルとURLをコピーしました